アートカタログ・ライブラリー開設の意義

高階 秀爾




 アートカタログ・ライブラリーが開設されるということは、美術界にとって何よりの朗報である。日本の各地で、さらには世界のさまざまな美術館で開催される展覧会のカタログを一堂に集めて、必要に応じて閲覧できるような図書館がほしいというのは、長いあいだの美術関係者の悲願であった。美術展のカタログというものは、展覧会を訪れた人にとっては大切な記念であり、またその機会を得なかった人にも芸術鑑賞の喜びを与えてくれる楽しい画集でもあるが、そればかりではなく、美術館の学芸員や大学の教官、あるいはジャーナリストや評論家、さらには一般の研究者等、多少とも美術にかかわりのある者にとっては、どうしてもなくてはならない貴重な資料である。それと言うのも、展覧会カタログは、ある美術作品や芸術家について、ほかで得ることのできない新しい知見や重要な情報を提供してくれるからである。例えばある作品を購入するとか、展覧会を組織するという場合、まず美術館の所蔵目録なり過去の展覧会カタログなりを調べることから始めなければならない。それ以外の調査研究の場合でも、関連する展覧会カタログがなければ一歩も先に進めないということが少くない。

 ところが、これほどまでに重要なカタログ類が、実は容易に手に入れることも参照することもできない。展覧会カタログは、一般の図書と違って通常の流通ルートには載らないので、書店を通じて購入するわけにはいかないし、普通の図書館にも入っていないからである。また、展覧会が終わってしまえば、改めて再版することもない。したがって、少し古いカタログになると、まったくお手上げと言ってよい状態なのである。

 そのため、欧米の先進諸国では、主要な美術館や大学が意欲的にカタログを集めて一般の人びとにも公開しているし、ニューヨークのフリック図書館のように、完全に美術書とカタログ専門の図書館も少くない。フランスでは、ミッテラン政権の時代に、大統領特別プロジェクトのひとつとして国立図書館を新築移転することが決められて現在その事業が進行中であるが、移転が完了した曉には、現在の国立図書館が美術史研究所となって、関連の図書、カタログ等を揃えることがすでに決定されている。これまでにも、ルーヴル美術館やソルボンヌ大学附属の美術研究所図書館がその役割を果たして来たのだが、今後さらにそれを、もっと大がかりなかたちで発展させようというのである。

 このような諸外国の事情に比べて、日本ではこれまで、残念ながらカタログ専門の図書館といったものは、まったくなかったと言ってよい。もちろん、アート・ライブラリーを備えた美術館も最近はわずかながら登場して来たが、その内容は充分というには程遠いというのが現状である。特にカタログに関しては、収集すること自体大変な手間とエネルギーを必要とするので、どこもそこまでは手が廻らないというのが正直なところであろう。さらにその上に、集めたカタログ類を適切に整理分類するという大きな問題がある。私自身、パリやロンドンで実際に美術図書専門の図書館のお蔭を蒙った経験から、少くともまず展覧会カタログに関してだけは、どうしてもそのための特別の施設が必要であると痛感するようになった。この点においては、諸外国と日本の格差は無惨と言ってよいほど大きいのである。

 この度、たとえささやかなものではあっても、きちんと整備されたアートカタログ・ライブラリーが発足したことは、その意味できわめて喜ばしいことである。それは、歴史を積み重ねることによって、やがては欧米諸国の同様の施設と肩を並べる重要な資料の宝庫に成長して行くであろう。そのために寄せられた多くの協力者の理解ある御援助と文化への情熱に、心から感謝申し上げたい。




たかしな しゅうじ:国立西洋美術館長

日本美術カタログ・プロジェクト推進委員会委員長



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